ストーリー
EPISODE 1
不調和な生活

不調和な生活
子どもの頃、私は母とともに祖父母と親戚たちの家に身を寄せ、暮らしていました。時代のせいもあるかもしれませんが、大人たちから思いやりのない言葉を投げかけられ、母の言動に傷つくことも少なくない日々。3歳の時には入院中にベッドから落ち、一時期ではあるものの下半身麻痺も経験しました。身も心も穏やかなときは、なかなか訪れなかったような気がします。
そして小学生の頃には母が再婚。新しい家族、引っ越し、転校……と自分の気持ちを置き去りにしたまま、慌ただしく環境が変わっていきました。どこか不調和な暮らし、それが私の子どもの頃の記憶です。
少し先の幸せを見つめて
様々な環境に身を置いた幼少期だったことで、私は自然と大人の顔色をうかがったり、人の気持ちを察したりすることが得意になりました。客観的に物事を考えるような冷静な子どもだったと思います。
そしてその頃から、直感が働き、「この先はこうなるはず」という感覚が人よりも敏感になっていきました。
傷つくこともあるけれど、その先を見つめて前へと進もう。子どもながらに「直感にしたがい、現実を生きていく人生は好転する!」と信じ、自分の人生は自分で切り拓いていこうと前向きに考えられるようになっていきました。
結婚出産を経て
こうして不調和な暮らしの中でも前を向きながら進んでいった私は、大学卒業後、すぐに結婚、出産。その決断も「先に子育てに集中し、その後仕事に就いた方がキャリアの中断がなくてよいかもしれない」と自分なりに幸せを考えてのことです。
しかし結婚生活は、残念ながら調和のとれたものではありませんでした。
出産も妊娠中毒症で長期入院したのち、緊急帝王切開に。早産のため未熟児で生まれた双子たちのお世話は、不安と心配が離れませんでした。そんな大変な時期に、夫の度重なる裏切りもあり、私は不信感を募らせていったのです。
EPISODE 2
俯瞰して次を考える

くよくよしないでハイ、次!
我が子が2歳の頃。彼は二度と同じ過ちはしないと誓い、結婚生活を続けることにしました。その後10年ほどは平穏な日々だったと思います。しかし結局、彼はまた過ちを繰り返しまったのです。私は、すぐに子どもたちと家を出ました。多少の覚悟はあったものの、想像より早い別居生活の始まりです。それも、将来を考え決意した社労士試験の2カ月前、子どもたちも受験というタイミング。
それでも頑張れたのは、この先の人生は今よりもっと良くなると信じていたから。幸せの流れをつかんでいこう。くよくよしないで、ハイ、次!そんな気持ちで前を向きました。
俯瞰して次を考える
私の人生の歯車がかみ合い始めたのは、その頃くらいからだったと思います。不思議なほどに好転が続くようになっていったのです。別居のための敷金・礼金の準備に苦労していると、その金額とぴたりと同じだけの臨時収入が入ってきたり、キャンセル待ちで参加が叶わないと思っていた海外ツアーへ奇跡的に参加できたり、車が壊れたタイミングで中古車をゆずっていただいたり……、生活の中のリズムが整っていくような、調和がとれていくような感覚を感じました。問題が起きた時、そこに向き合いすぎないで、俯瞰して次のことを考えることで、人生が好転する。それが私の大事な教訓になっていきます。
社労士の道にも導かれ
「今回の社労士試験で不合格ならあきらめよう。でももし合格したら開業しよう」そんな気持ちで臨んだ別居直後の社労士試験。結果は「合格」でした。受験前の志を胸に、私は開業にこぎ着けます。しかし、社労士事務所で働いた経験のない私は、金なし、コネなし、人脈なし!お客さまの見つけ方もわかりません。そんな中、監督署で非常勤職員の募集を教えてもらい、なんとか定期収入が入るようになりました。
さらにはちょうど士業も広告が許されるようになり、ホームページを作成してみてはとアドバイスをいただき、即実行。見よう見まねの素人ページでしたが、不思議なことに徐々に問い合わせや契約が増えていきました。
EPISODE 3
幸せに向かって調整する

幸せに向かって調整する
目の前で起こる困難やトラブル、妨害、厄介ごと、そして気がかり、苦悩……。人生というものは、実にいろいろな息苦しさを感じるものです。それらは一見、自分の尊厳や人生を傷つける、取り返しの付かない出来事のように感じますが、その時間にうっかり浸りすぎてしまってはいけません。自分が時の重みに潰されてしまわないように、心を落ち着け、自分を苦しみの時間から引き剥がし、俯瞰して考えること。そうすれば必ず、新しい発想や想いが芽生えてきます。これが「幸せに向かって調整する」ということであり、私が自らの人生の中で学んだ、大切な法則なのです。
セラピストへの道が開けて
そして私の人生に、また大きな導きがありました。それはセラピストへの道。お誘いいただいたお茶の時間がずれて、たまたまセラピストさんたちとご一緒させていただいたことが出会いとなりました。悩みやトラウマ、思い込みで人生を前に進められない方々にとって、「ヒプノセラピー」がどんなに効果的で、必要とされているかを知ったのです。さらには、音、光、波動によって体の歪みを整え、エネルギー体を調整。体内で滞っているエネルギー循環をスムーズにし、チャクラを整えることで、運気を向上させ、人生を劇的に変える「イーマ・サウンド®」にも出会うことができました。自分の幸せだけではなく、これからはどなたかの幸せのお手伝いができる。セラピストへの道が開けていきました。
幸せの調律
私のミッション、それは「幸せの調律」です。自分もそうだったように、人生は誰しも良いことばかりが続くわけではありません。時に不調和な生活が続くこともあります。でも大切なことは、その苦しい生活にとらわれないで、調和のとれた心地よい次の生活へ、自分から動いていくことだと私は思います。そのためには、心を整理し、トラウマを解消する必要があるのです。そして自分自身の本当の幸せへと向かうステップをもっとイメージすること。私は自分の経験、教訓、そしてセラピーアプローチによって、人生の歩みで立ち止まってしまっている方たちに、幸せの調律を提供したいと考えています。
EPILOGUE
ぴったりな幸せをみつける

ベストではなく、ジャストな幸せを
誰だって幸せな人生を送りたい。だから目の前のことに一生懸命になり、ベストを尽くすもの。
それ自体はとても素晴らしいことです。
でも、幸せの捉え方は人それぞれだということを忘れないでください。今の結果や成果に縛られすぎないで、一息おいて、ちょっと先にある、自分らしい幸せについて考えてみてほしいのです。
私は、そんな「幸せの調律」をお手伝いしたいと思っています。
「ベストではなく、ジャストな幸せを」
ご縁をいただいた方と一緒に、いつも、どんなときも、少し先の幸せを見つけながら、
素敵な人生を送りたいと今日も心から願っています。
プロフィール
複雑な家庭環境に翻弄され、
大人からの指摘や行動に傷つき気味だった
繊細な幼少期の経験は、
直感的に先のことを感じ取ったり、目の前の不調和から見方を変えて、
未来を建設的に考える。
自分ならではの習慣と生き方に繋がっていった。
身内の身勝手な行動や過ちが続いた結婚生活に見切りをつけ、
社労士としてのキャリアをスタート。
中学受験を控えた子ども達との再出発だったが、
社労士事務所開設後は、生活の中のリズムが整い始め、
不思議な好転が続いていく。
たとえ目の前で、不調和な現実やトラブルが折り重なっていても、
自分らしい未来を見つめ、そこにチューニングを合わせていく。
その生き方は、常にベストな結果や成果が求められ、
独自の人生観として確立された。
現在は自身の貴重な経験を活かし、社労士としてだけでなく、
「幸せを調律する」セラピストとして、
ヒプノセラピーやイーマ・サウンド®を用い、
依頼者の人生を、ジャストにチューニングする活動をしている。

幸せの調律

- チャネラー養成講座修了
- 現代霊氣初伝
- ヒプノセラピストプロ養成講座修了
- イーマ・サウンド®プラクティショナー
- 経歴
- 公認会計士事務所勤務
- 損害保険会社勤務
- 経営コンサルティング会社勤務(税理士事務所)
- 社会保険労務士事務所開設
- 有限会社 AIコーポレーション 取締役
- 保有資格
- 日商簿記2級
- 初級システムアドミニストレータ
- 社会保険労務士
- 日本メンタルヘルス協会基礎カウンセラー
- 第一種衛生管理者
- メンタルヘルス・マネジメントⅡ種
「Ainotice」社労士事務所の名前の「AI」と「愛」、「通知書」NOTICE から名付けました。
セッションを通して、大いなる創造主や潜在意識などから「大切な愛の通知書」を受取り、自分らしいすばらしい人生を歩んでいただけるように思いを込めたのです。
そしてシンボルは、チャクラを表す8線付が波動のように波打ちAinoticeの幸せのメロディーが流れ出し、心と身体が軽やかに幸せになっていくイメージを表現しています。





